俳句の世界

諏訪部喜美子

俳誌「梅林」同人


今月の句

        

江ノ島の昭和100年初日の出

鐘を打つ青年破顔初詣

     

喜美子



樋口一葉の四季

 

墨堤の一葉桜凜として

 

桜舞ふ赤門一葉旧居跡

 

大門の見返り柳芽吹き初む

 

朧夜に一葉の声聞く夜かな

 

慈雲寺や一葉の碑に初燕

 

赤煉瓦東京図書館風薫る

 

小菊咲く本郷菊坂旧居跡

 

一葉の泪色した十三夜

 

菊坂の井戸に供花や一葉忌

 

たけくらべ口ずさみ行く一葉忌

 

酉の市明治を訪ね人混みへ

 

二の酉や手締めの声につられゆく

 

吉原に残る石坂秋の雨

 

浄閑寺しぐれて無縁仏たち

 

竜泉寺そぞろ歩けば冬の鳥

 

鎧坂下れば菊坂冬ざれて

 

一葉の頼りし伊勢屋石蕗の花

 

水仙や市井の守る一葉館

 

千蔭流一葉の書や冬銀河

 

一葉の恋の名残か細雪 

 

喜美子



私の好きな季語

一、余花

 

   花と言ったら何といっても桜でしょう。初花・花明かり・花の雲・花吹雪など桜にまつわる季語は、本当に限りなくありますが、私は余韻の残る余花に惹かれます。小学生のころ学校に通う坂道の途中に、いつも少し遅れて咲く山桜がありました。清楚で子供心に好きで帰り道、一人見上げていたのを思い出します。

   何時の頃からかその木が無くなったのを知った時は、とても寂しい思いに駆られました。この頃は旅先で終わったと思った桜に出逢うのも嬉しいものです。山桜だったら尚更です。

 

 安達太良の麓の村の余花にあふ  喜美子

 


二、百日紅

 

   今年裏庭の百日紅の古木を伐りました。百年以上経つという木でしたが、枝を拡げ過ぎてか、二度の大雪に木の半分があっけなく折れてしまいました。

 幹には大きな洞もあり蜂が巣を作る年もありましたが、夏になると可憐な紅色の簪のような花を、空いっぱいに咲かせました。

 私が俳句を始めてからは、何度も題材になってくれました。嫁いできて五十年も過ぎ、毎年夏を楽しませてくれた花でした。

 あっけなく消えた百日紅、心に穴を残して行きました。庭の手入れが中々出来なくなり、諦めることが多くなりました。

 

 姑逝きて佇む庭の百日紅  喜美子

 


三、送り火

 毎年お盆の月になると、何かと忙しい気持ちになります。新盆のあった年は勿論ですが、そうでなくてもお盆の一週間前には、お墓の掃除に行き、ご先祖さまをお迎えする準備をします。八月十二日に盆飾りをします。昔は盆帰省の人達で家が賑やかになりました。

 十三日は迎え火を焚きます。菩提寺のお坊さんが檀家ごとにお経を上げに回られます。小さな子供達も座ってお経を聴きます。

 今は、そんな光景も少なくなってしまいましたが、お盆は賑やかなものでした。

 我が家では十六日の夕方、送り火を焚き、ご先祖を送ります。その家の主婦にとって送り火は、お盆の忙しさからの解放でもありました。

 

 送り火の煙に細き白き雨  喜美子

 


四、鰯雲

 

 いわし雲を想うと、何故か懐かしい子供の頃の気分になります。遠くの丹沢の山々に向かって、白い小さな波のような雲が空一面に流れていました。夏が過ぎ秋祭りや運動会の季節がやってきます。そんな連想をさせる優しい雲に思えました。

 いつか長く通っていた病院の主治医だった老先生が「病院を辞めることにした」と突然言われました。誰も言ってくれる人はいないので自分で決めるしかないんだよと、自分の老いを語られました。身に沁みて寂しく、その帰り道見上げた空を美しい鰯雲が流れていました。

 老先生に心から幸あれと祈りました。

 

 別れきて空一面の鰯雲  喜美子

 


五、露草

 

 朝露がよく似合う鮮やかな青い花は、庭の隅や道端など、何処にでも夏から秋にかけて咲きます。この青色の深さにこころひかれます。朝咲いては昼には萎む儚さが万葉の時代から愛されてきたのでしょう。

 露草からの連想があります。私が嫁いできてから、毎年お盆にお花を持ってお参りに見える小柄な美しい婦人がありました。後になってその人は戦死した叔父の許嫁だった人と知りました。ある年のお盆に、その方から叔父の話をいろいろ聞いて涙したことがありました。戦後結婚されて三人の息子さんもおられました。

 昨年九十六歳で亡くなられましたが、晩年まで自分で育てたお花を抱えてお墓参りを欠かされませんでした。最後まで露草を思わせる美しい女性でした。

 

 露草や昭和の戦さ忘れえず  喜美子

 


六、十三夜

 

 旧暦九月十三日の月、名月に対して後の月、名残の月とも呼ばれ、華やかな名月との違いもの寂びた趣があります。

 樋口一葉の小説、「十三夜」の世界は、深まる秋の十三夜を舞台に明治の女性の哀感が漂う名作ですが、主人公お関が離縁の決意を親に諭されて帰る道、ひろった人力車を引いていたのは幼馴染の録之助。お互いの淡い思いを秘めていた仲、しかしもうお互いが全く別の人生を歩んでいることを知り静かに別れてゆきます。虫の音たえだえに物悲しき世界は十三夜そのものです。

 私の年の離れた姉が二十歳で請われて結婚しましたが、ある夜家に帰り、親に諭され泣いていたのを見たことがあります。そんな光景は昭和の時代にもよくあったように思います。そしてその姉も、今九十近くになり大家族の中で幸せに暮らしています。

 

 

十三夜里は昭和のたたずまい  喜美子



七、花野

 

 花野は秋草の咲くすんだ空気の野を想わせます。私の地元の三増峠という四百年以上の昔、武田信玄と北条氏が戦った古戦場跡があります。四千人もの戦死者を出したこの戦は、武田方の勝利となりましたが、戦国時代の激しい戦いを物語るように、胴塚、首塚、信玄旗立松等の史蹟もたくさん残っています。

 そして今も毎年十月「三増合戦まつり」として、この戦で討死したすべての将兵を慰霊するためのお祀りがあります。

 武者行列が集まる高台の場所は、いつもは野原のままで春はすみれが、秋は静かな秋の花々が咲いています。三増峠はすべて花野の風情です。

 

 永禄の戦の跡や大花野